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  <title type="text">三歩下がって振りかぶる</title>
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  <updated>2011-08-09T02:03:16+09:00</updated>
  <author><name>No Name Ninja</name></author>
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    <published>2020-06-06T19:03:59+09:00</published> 
    <updated>2020-06-06T19:03:59+09:00</updated> 
    <category term="未選択" label="未選択" />
    <title>ドッグラン、ドッグファイト</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[名称のつけられない関係性の相手と、名称をつけられないような交流をしてきた。<br />
<br />
別に卑猥な話ではないのだが、そこはかとなく文字面から淫靡な薫りが漂う。その内実はというと、実は妙齢の女性と２人連れで新大久保を遊び歩いたということで、やっぱり卑猥な遊びじゃないかと怒りを覚える向きもあるかもしれない。（ないと思う。というか誰もこの文章を読んでないと思う）だが、全然、まったく、本当に本当に何もなかったのである。こっちが期待したいくらいだったのだが。ここまで読んでも何が何やら意味不明だし、実際俺にも、おそらく先方にも「今日はどんな人と何をしたの？」という問いにたいしての答えはあまりないのだと思う。そういうイベントは年を取るたび少なくなっていくから、ある意味貴重だ。新大久保では犬がドッグランでわけもわからぬままじゃれあうのを見ていたのだが、何のことはなく、飼い主たちも似たようにあてどなく言語化できぬイベントの進行中だったのだ。<br />
<br />
さて、どのような意図で起きたかは皆目見当もつかないが、何が起きたかを語ることはできる。<br />
事の起こりは３か月前までさかのぼる。<br />
<br />
<hr />
<p><br />
2020年2月末、俺は無職で、暇だった。<br />
<br />
まあ上記一文を読んで不快になられる方もいるかもしれないが、予定がボンレスハムみたいにミチミチの密度で詰まっている無職というのも怖くないだろうか。（こうやってすぐレトリックに走って脱線するのが悪い癖である。結局内容に自信がないのだ）<br />
とにかく、新卒の頃から勤め始めた会社を2019年末に辞職願を出し、そこから1.5か月の有給休暇を取得してようやっと正式に退職したばかりだった。あばよ！<br />
そこから友人と年始からニュージーランド旅行に行き、麻雀をして、ポーカーをして、あとは...家でひたすら無為に過ごしていた。親からの家事遂行の要請に対しては「生産性のあることを一切したくねえ！」と叫んで突っぱねていたのだからなんとまあ見上げた根性である。<br />
ともかく、再就職を控えた3月までは残すところ1週間強となり、寄る辺ない無職の俺は暇をぶっコイていた。無職のくせに彼女はほしくなり、「どうせ２か月暇だから婚活でもするべぇか」とばかりに再度始めた恋愛アプリも、なんだかんだ暇に飽かせて続いていたように思う。（恋愛市場での弱者は、恋愛アプリはマジで心を無にして作業を行うだけの修行であるため、俺は時々耐え切れなくなってアプリを消したりしていた）<br />
その中で、たまさかチャットのやり取りが続いている女性が一人いらっしゃった。彼女の名前は、仮にＡさんとしよう。Ａさんは某有名大学の理系の大学院を卒業された才媛で、外資系の某社にお勤めということだった。へちゃむくれの王様みたいな自分が人のなり形を評価するのもおこがましいことこの上ないが、完璧とは言えないがかわいいお方だった。趣味もとりわけ特殊というわけでもなく、プロフィール欄の自己紹介も充実しつつ簡潔。僕は特に迷うことなく「いいね！」のボタンを押したと思う。<br />
その後、こんにちはから始まり、僕のほうからはクソみたいな会社のせいで毎週毎週出張をさせられていること、会社をもうすぐ辞めようと思っていることを、彼女のほうからは彼氏と別れたこと、犬がかわいいこと、などなど、お互いほどよく親密なフリをしつつ相手のプロファイルを埋める作業をしていった。まあマッチングアプリなんてそんなもんや。とにかく、お互い会話のための会話を１-2週間ほど続けたのち、こちらからデートにお誘いした。<br />
デートについて語るべきことは特に何もない。<br />
いや、マジで何もないのだ。恵比寿のおしゃれなお店を予約して、実際に行ってみたら思った以上にオシャレでドン引きのオカワリをしたくらいで、いつも通りそれなりに取り繕って話ができたと思う。というか、まあ正直いつも以上にウケてる感じがあった。このデートまでに元カノや婦警に振られつづけていた身からすればそりゃあ胸の躍る時間だったと思う。ついに、ついに人間ステータスを「彼女持ち」に戻せる！否応なく期待は高まっていった。<br />
<br />
そして、ココまでフリをすればまあ想定をできると思うのだが、まあ当然のごとく振られた。少なくとも僕はそう思った。具体的には、「新しい部署に移り、そこはかなり忙しそうなのでちょっと婚活はやめます。ごめんね」というような内容がメッセージアプリから流れてきた。僕は当時ジムで足の筋トレをしており、レップ間の休憩にてメッセージを読み、嘆息し、汗を一度ぬぐって、こう書いた。<br />
「了解！　せっかくのご縁だから残念だけど仕事ならしょーがない、、、友達としてこれからよろしくね！」<br />
それから、もう一度トレーニングに戻った。というわけで、特に面白くもない、単純に俺の山のように重なったフラれ歴に一つ記録が積みあがっただけだった。いや、本当にいろんな意味でクソ面白くない出来事だった。そんなわけで、最近まで彼女の存在は忘れていたのだ。脳内の関連シナプスを焼き、記憶のゴミ箱にぶち込んでいたわけだ。<br />
そしたら、数か月たっていきなりチャットが今週飛んできた。内容はこうだ。<br />
「お疲れ！よかったらうちの犬と土曜日に遊ばない？ピクニックしようよ！」<br />
俺はメッセージを一度、二度、三度読み、その後襲ってきた虚脱感に椅子の上に崩れ落ちた。</p>
<hr />
<p>「一度振った相手と1 on １の試合をしようとするなよ！　何したいんだよ！」<br />
俺は自室で叫び、慌てたあまり友達に即連絡した。<br />
「大体振られた相手とのもとにどういうツラで行けばええんや。マジで文字通り友達ヅラしていけってのか。気が狂っとらんかそれ」<br />
振られた時以上に悄然とした俺にたいして、彼女持ちの友人はこういった。<br />
「まあ、とにかく向こうからお前にマイナスの印象はないってことじゃね？　どうなるにせよ、とりあえず行って損はないんだから受ければ？　友人としていけば無難やろ」<br />
俺は、<br />
「いやいや損するよ俺が傷つくよ！　せっかく嫌な思い出を忘れてたのにさ」<br />
とは思ったが、結局こういう人間の小ささが非モテに近づくのだなということを深く噛みしめた。確かにそうだ。損はないはず。じゃあ...</p>
<hr />
<p>某月某日、俺はジムを経由してから電車に乗って、池袋駅まで来ていた。ピクニックの場所は代々木公園を計画していたので、山手線に揺られて目白を抜けたくらいのところだった。もう会話劇を書くのがダルいので要点だけまとめる。<br />
・今日は曇っている。なので代々木公園はやめよう。（Ａさん）<br />
・代わりに新大久保のドッグランに行く（Ａさん）<br />
・じゃあそれについていく（俺）<br />
そういうわけで、俺は午後一の曇りの新大久保駅前にたたずんでいた。ほどなくして彼女が到着し、実に数か月ぶりの邂逅を果たした。彼女の手元にはバッグに入った子犬がプルプル震えており、ああこいつが、という感じになった。ペットを飼っている女には正直良い印象がない。なぜかというと元カノがそうだったから～！元カノが猫を気にしてホテル誘っても帰るような女だったから～！（大声）<br />
結局、自らの愛情をペットに注いでしまい、恋愛関係になったときに犬猫畜生と競り合わなくてはいけなくなってしまい、ツラくなってしまうのがオチだと思うからだ。そして無論のこと、競り合いに勝てる自信もない。<br />
とにかく、久しぶりに会ったＡさんと俺たちはそのままのんびりしゃべりながらドッグランに向かった。ちょいちょい仕事の話、近況の話をしたが特に盛り上がらず、俺が質問&rarr;相手が答える&rarr;俺が話を広げる、で１トピックを使い切ってしまう感じの、いかにも地球にやさしくないノンサステイナブルなコミュニケーションをしていた。<br />
だがそれでいいのだ。今日の俺は無理しない。今日の俺は「友人」としてこのイベントに臨んでいるのだ、なのだ、なのだ&hellip;と強く自己暗示をかけ、へらへら笑っているうちにドッグランについた。<br />
ドッグランの施設は意外と広く、驚いたのを覚えている。（なんだかめんどくさかったので入場料は全部俺が持った）<br />
ドッグランでは、犬ころが5~6匹コロコロと遊びまわっており、また、なぜか彼らの飼い主はみな妙齢の美女だった。虚無モードでなければさぞ眼福だったろうな、と思う。ドッグランのスペースにＡさんが飼い犬を解き放つと、小さな生き物は小さく震え、そののち全力で駆け出し、別の犬の群れに突っ込んだ。<br />
「え、あれ大丈夫なんですか」<br />
俺が思わず聞くと、Ａさんはちらっとこちらを振り向いて、<br />
「大丈夫ですよ～。ドッグランって、ほかの犬や人と触れ合うことで社交性を養うのも大きな目的の一つなんで。なので、ほかのワンちゃんが来たら全然撫でて大丈夫です！」<br />
と述べ、そのあと犬と触れ合いに行ってしまった。<br />
Ａさんの犬は小柄ながらすさまじい切替しの走りを見せつけ、あっという間にほかの犬のお尻に突っ込んだ。突っ込まれた犬は一瞬ひるみながらも、今度は逆にＡさんの犬を追いかける。犬同士の追いかけっこは、文字通り交互に相手の背後を取り合うレースであり、航空機のドッグファイトの語源はこれか、と20代も後半にしてようやく合点がいった。これを社交性といっていいのかは知らないが、とにかく犬にとって最高に面白い遊びであることには間違いないだろう。<br />
なるほどねえ。コロナ禍でコミュニケーション不足なのは人間だけじゃないってことなんだなあ。そうと決まれば、ということで、俺も遊んでやろうとキャッチャーのように中腰になって犬がこちらに来るのを待ち構えた。</p>
<hr />
<p>ドッグランでぼんやりと考えたことは、主に以下のようなことだった。<br />
一つ、犬を飼っている人のところにはよく訪れるが、犬を飼っていない人間のところには基本的に来ない。<br />
二つ、それでも、一度近くに来たところを撫でてやれば、その犬はまた戻ってくるようになる<br />
三つ、上記条件は、犬同士にも当てはまり、犬は好きな犬ができるとそいつをずーっと追い掛け回す<br />
四つ、女性はなぜか犬としゃべるとき赤ちゃん言葉になる<br />
<br />
四つ目はともかくとして、これってなんだか人間と似ているな、とぼんやり思った。蹲踞のし過ぎで足がしびれてきたので、よっこらせと立ち上がって曇天をにらむ。<br />
結局、モテるやつは女性を引き寄せるが、モテないやつは少ないながらもチャンスを作らなければならないということ。それでも、誠意を尽くせばたまーには付き合ったり大切にしてくれる人もみつかる（かもしれない）ということ。男女や生物種の違いを超えて、生き物同士の付き合いとしてこれら２つを意識するのが大切であるということ。<br />
それらは、マッチングアプリでいくら女性と話しても俺がうまくできないことばかりだった。まるで犬同士の追いかけっこのように異性の尻を追いかけるのがそもそも得意でも好きでもない自分自身のことを改めて認識し、なぜだかわからないけどもちょっとほっとした。<br />
理解してはいるのだが、わかるまでにはまだまだ先が長いな、と思いながら、俺は何回目かによって来た全身真っ黒の小型犬を撫でた。小型犬は暖かく、やわらかい体を震わせて、その場で僕の手をペロペロ舐め始めた。俺は空いたほうの手で背中を撫で続けた。<br />
そして犬は去っていった。そういうこともあるだろう。</p>]]> 
    </content>
    <author>
            <name>No Name Ninja</name>
        </author>
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    <published>2020-06-04T23:49:24+09:00</published> 
    <updated>2020-06-04T23:49:24+09:00</updated> 
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    <title>2020</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<p>過去というのは恐ろしいもので、ふとした瞬間に振り向くとそこにいて、ぎょっとするようななりをしているものだ。</p>
<p>別にうまいことを言おうとしているわけではなく、素直な感想として昔の自分が書いたブログを読んでそう思う。2014年の俺よ、そんなにはしゃいでお前誰やねん、一体どした、薬でも入れとるんか？という心持になる。何気なく張っていたが、リンクをTwitterアカウントに連携させてもよいものなのか。（恥ずかしさよりも撤回することの情けなさのほうが先に立つので、いったんこのままとする）</p>
<p>齢を経たから、というわけでもないのだが、今は一時的に全体的にテンションが下がっており、心の重心がどっしりとしているのでそこまで動揺するということもないのだが、平常時であればきつく現実から目をそらしていただろう。ドッペルゲンガーのことを自己幻視像といい、遭遇するともれなく死ぬらしいが、やはり自らの影を見るというのはあまり健康に良いことでもないのかもしれない。<br />
</p>
<p>というわけで、健康の話だ。</p>
<p><br />
何せ、20代も後半だ。興味の中心も女や映画から健康に移るのも致し方ない。嘘だ。健康に興味なんてないし寿命にはもっと興味がない。コロナが世界を席巻していても、俺は半ばムキになってノーマスクノーケアのノーフューチャースタイルを貫き通している。最近は在宅ということもあり、時々ノー洋服スタイルでPCに向かっている。人はそれを全裸ともいう。</p>
<p>とにかく、社会人になって以来ずーっとたしなんでいたタバコを、２か月ほど前にやめた。ジムにも通い始め、暇な日は毎日１０㎞歩き始めた。健康になったと思う。健康になるのはいいことらしく、誰に話しても褒められる。自分でも時々筋肉のついてきた腕周りを見て少しだけ鼻腔を膨らませたりしている。</p>
<p>一方で、精神的には割と鬱々としてくるから不思議だ。転職も経て、前のXXXXXみたいな職場も抜け、ようやっとまともな業界大手の会社に入れたと思ったのだが。</p>
<p>原因は多岐にわたっており、在宅勤務による閉塞感、友人と遊べないことによる不満、出会い系のやり取りの面倒くささ、税金の高さ、母親が将来に抱えるねっとりとした閉塞感、などなどあると思うのだが、一番はやはり、現在やっている仕事なのだと思う。</p>
<p>これから書くのは、自らが正しいという証明ではない。どちらかといえば、正しい/正しくないの外での適応力のあるなし、のように思う。</p>
<p></p>
<p>現在やっている仕事が、めちゃめちゃつまらないのだ。何がつまらないのか？明確だ。話が上司や客に通じないのだ。（特に上司に）</p>
<p>人間としてのコミュニケーションのアプローチが明確に違い、また、そのアプローチの仕方がいかにも老獪な古狸じみており、よく言えば後出し、悪く言えば錯乱したコミュニケーションを毎日受けている２７歳の今日この頃である。</p>
<p>例えば、俺は「しゃべるのが長い」といわれる。結論だけシンプルに、そぎ落とされた言葉で語るべきなのだそうだ。それはそうかもしれない。コンサルティングに携わるものとして、シンプルでわかりやすい表現に勝るものはない。</p>
<p>一方で、言葉が直接的すぎる、という指摘も有難く頂戴した。一つ実例を挙げれば、「課題Xの優先度が劣後した」というのはあまりにもアグレッシヴなために不適切な言い回しであり、より適切には「課題Xの優先度は再度検討されるべきである」と言い表すべきなのだそうだ。再度検討。検討してどうするのだろうか。優先度は果たして上がるのか下がるのか。ほかの課題は優先度の検討をしなくてもよいのだろうか。畢竟、優先度とは相対的なものであり、母集団の中の１要素の優先度順位が変わるということは、別の要素の順位にも影響するのではないかしらん。イヤハヤ、ここまでくると俺の知らぬ理で動く宇宙に属しているのかもしれん。</p>
<p><br />
もうこれ以上慇懃に皮肉るのも飽きたので直截に云うが、この二つの表現は、明らかに、意味が、違う。<br />
</p>
<p>何たる不幸だ。さらっとひとことでいうのも躊躇われる。ファッキンクソバカデカ不幸だ。意味が分からん。隙があれば膝から崩れ落ちて失禁したい。</p>
<p>こういう「ロジカルにものを考えるのが苦手だけどそれっぽい職歴とお客さんへのおべっかで金を稼ぐタイプのコンサル」から離れるために前職を辞したというのに、また俺はこういう苦労をしょい込んでしまっているのか。何ならこの案件自体、複数ある案件候補の中から希望の「優先度」を一番下にした案件だというのに、つくづく俺という人間はここぞというところで人生がうまくいかないものだなとため息が出る。まあ会社が変わったからと言ってそういう人間から全部解放されるとも、会社ごとで環境が１００ちがうとも思ってはいなかったが、、、それにしても、、、それにしてもだよシャレにならんよホント。</p>
<p>こういうおじさんたちに囲まれて下っ端として仕事をすると、そもそも仮説志向もロジカルシンキングも大して通じず、気遣い・ノリ・力関係の三大黄金律が支配する魔境と化す。</p>
<p>つまりは、「合意の積み重ねを共通理解として、プロジェクトメンバ間の橋頭保を築く」「ロジックのつながりの先を仮説として提示し、納得感のあるビジョンを提示する」といった積み上げコツコツ型の努力の一切が悪手と化し、「初めから当たりそうな答えをなんとなく想像して数を打ち続ける」（無論外すと怒られる）「おべっかをつかう」（言いすぎると口が曲がる）「目をつぶって的外れのお小言をかみしめる」（略）といったカミカゼ特攻方式での仕事を強いられてしまうのだ。どうだ怖いだろう。恐怖パワーがこの辺に溜まってきただろう。（こめかみを指す）</p>
<p>というわけでストレスはたまり空は裂け海は干上がっているわけなのだが（神話的表現）、そのストレス解消の手段であった喫煙すら俺は奪われ、暮れなずむ人間砂漠のど真ん中でポツンとたたずむ格好に相成っているわけだ。喫煙は怖いが禁煙も怖い。喫煙は灰が真っ黒になるが禁煙しても黒くなった肺が白くなるわけではない。一方で、喫煙していることには感じなかったタール状の感情を処理することも、禁煙のこの身では難しい。でもストレスに押しつぶされそう。じゃあどうするんだ？書くんだよ。それが俺が鬱々となりながらも見つけた本能の部分だった。社会人になってなんとなくご無沙汰だった自己射影であり、社会人として進化の名残りのような欲望だった。<br />
<br />
<br />
実際に、正確性や政治力や専門的な知見、抜け漏れについて考えなくてよい文書を書くというのは精神に良いということに書きながら気づく。落ちもフリもないが、ブログよ、俺は戻ってきた。</p>]]> 
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            <name>No Name Ninja</name>
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    <published>2014-01-08T05:46:04+09:00</published> 
    <updated>2014-01-08T05:46:04+09:00</updated> 
    <category term="映画" label="映画" />
    <title>サカサマのパテマ</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[＠新宿角川シネマ<br />
<br />
面白かったです。なんというか、ちゃんと「楽しみ方」がかっちり映画で、たまたまネットの記事で吉浦監督の対談が読めたので「空に落ちる怖さ」っていうのを最初から意識して観れたので、すごいよかったです。「ゼロ・グラビティ」しかり、もしかしたらこういう「落ちモノ系」ってひそかなトレンドなんではないでしょうか。]]> 
    </content>
    <author>
            <name>No Name Ninja</name>
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    <published>2013-08-04T02:47:20+09:00</published> 
    <updated>2013-08-04T02:47:20+09:00</updated> 
    <category term="映画" label="映画" />
    <title>風立ちぬ</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[ずいぶんと更新をしてなかったみたいです。この前までは更新はAsusのノートパソコンを使っていましたが、今はmacbook airを使って更新をしているあたり、隔世の感がにじみ出てます。（私事）<br />
世間では先日テレビで放映された「天空の城ラピュタ」に連動したSNS（っていうかツイッターです）上での通称・「バルス祭り」が世間を騒がせ、ネット上のイット業界に於かれましては全力で「みんなでバルスって言って楽しもうずwwギネス記録も更新しようずww日本の力を見せつけたるでーwww」的な（絶対零度の）マーケティングを展開しており僕は全力でオルテガを読みながら「バルス」「バルス」「バルス」「バルスwwwｳｪｰｲww」「バルスwwっつかこれギネス突破したんじゃねwwwうはww」「バルス」「バルスww　twitter社涙目ww」といった風に埋まっていくツイッターの画面を見ては虚ろな目をしてバケツにシェイク状になった夕餉のサバ味噌をぶちまけていた訳なんですが、まあ世間一般はたのしそうで良かったです。個人的には日の丸ナショナリズムと脊髄的反射の衆愚状態に加えて見え隠れする嫌らしいイット業界ほかのお膳立てがもたらすオーケストレーションに思わずマラリアよろしく寒気・吐き気・目眩・高熱・下痢下血・幻覚・生理不順などなどの症状をきたしてしまったりしたのも今では良い思い出です。<br />
まあなんと言うか、それを見た直後に「ジブリの借りはジブリで返す」的な意気込みで臨んだ今作でしたが、とても良かったです。すごい僕好みの映画で、なんというかいろんな意味で心を現れたし、個人的にはバルス祭りへのアンチテーゼとして「考えて言葉を使う」っていうことが久しぶりにできそうなんでとてもうれしいです。<br />
で、はい、キャスト&amp;製作陣。<br />
監督、脚本はジブリ映画には欠かせない宮崎駿監督。ネット上の民草からはやれロリコンだのやれ兵器オタクだのやれ世界破滅萌えだのさんざん言われていましたが、ええ、今作でもやっぱりロリコンだし兵器オタクだし破滅萌えだしで元気に銀幕に君臨しておられました。でもやっぱり男が主人公だとずーっと男が画面を飛び回っているので宮崎さんのロリ萌え成分は控えめであられまして、まあ世界破滅成分もそんなになく（それでもキッチリあるのですけれど）その分きっちり飛行機に情熱を注いでいらっしゃられたんで割とジブリを最初に見るならこの作品が良いのではないかしらんと思いました。もしかしたら良い意味で「ジブリっぽくない」と言えるのではないでしょうか。<br />
で、問題なのは主人公の堀越二郎の声優がエヴァでおなじみの庵野秀明監督が声を当てているって言うことで、これは公開前から一つのエポックメイキングな出来事だったのではないでしょうか。声優の緒方恵美さんなど鑑賞したのちのひとびといわく、「最初は違和感があったが、最後には『これしかない』と思わせる感じになっている」ということでしたが、僕は映画を見ながら、「いや、最終的にはこれで良かったんだろうけど、途中の声をもうちょい若い感じに出せばもっと良かったんでないの」と至極真っ当なことを考えてしまいましたすんません。でも本当にヒロインの菜穂子と抱き合うシーンとかは庵野さんの声の朴訥な感じがすごいどっしりシーンに落ちている感じがしましたし、チョイスとしては良かったんだなあ、とちょっと涙ぐみながら思いました。（そして多分それを狙った演出が会ったんだと個人的には思いますが、とりあえず後述）<br />
<br /><a href="https://taiga8899.blog.shinobi.jp/%E6%98%A0%E7%94%BB/%E9%A2%A8%E7%AB%8B%E3%81%A1%E3%81%AC" target="_blank">つづきはこちら</a>]]> 
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    <author>
            <name>No Name Ninja</name>
        </author>
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    <published>2013-01-29T07:03:39+09:00</published> 
    <updated>2013-01-29T07:03:39+09:00</updated> 
    <category term="映画" label="映画" />
    <title>裏切りのサーカス</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[DVDで観ました。<br />
ゲイリー・オールドマン大勝利。そしてベネディクト・カンバーバッチも大勝利。したがって俺も大勝利。渋谷の映画館で春ごろに上映していましたが、なぜこんなに面白い映画が全国ロードショーされずに「バイオハザード」が映画化されてしまうのだろう、あるいは「アベンジャーズ」とかいう一周廻って逆に名作どころか絶賛フライバイで重力圏からあさっての方向に吹っ飛んで事象の地平線に向かって猛進するクラスのクソ映画が世にドヤ顔でのさばって「日本ｗよｗｗｗこｗｗれｗｗｗｗｗがｗｗｗｗ映画ｗｗｗだｗ」とかご高説を電波に乗せて我々コモンウェルスに下賜しやがるのであろうか。あのCMだって映画の内容を考えれば「貴様にオプーナを買う権利をやろう（AA略」と同じ路線の馬鹿ネタじゃないかよう。<br />
世の中の力学にシュプレヒコールで対峙しなければならないのだなあと自らの運命に覚醒しました（どうした）いや、本当にいい映画なのになんで「アルゴ」しかり世に埋もれたまま砂と消えていく運命に定められているのだろうか&hellip;&hellip;<br />
キャストは勿論「GOD（ブラピ談）」ことゲイリー・オールドマン。何？　Gary.L.OldmanだからGODなの？　とか思ってましたが、いや、やっぱり髭のあるなしでバットマンのゴードン警部補とはだいぶ印象が違いますね。で、脇を固める人たちもコリン・ファースとかトム・ハーディとかでみんなイギリス出身の名優ばかりでよかったです。そしてベネディクト、ベネディクト・カンバーバッチにかんしては、ええ、ちょっと冷静にコメントできないのでとりあえずすげーよかったとだけここにコメントしておきます。<br />
観ようぜ。]]> 
    </content>
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            <name>No Name Ninja</name>
        </author>
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    <published>2012-12-08T20:53:03+09:00</published> 
    <updated>2012-12-08T20:53:03+09:00</updated> 
    <category term="映画" label="映画" />
    <title>アルゴ</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[＠渋谷ヒューマントラストシネマです。<br />
まあ何よりも最初に思うことは「渋谷って割と映画館多いよなあ」ということで、なんか最近シアターNがつぶれちゃったらしいですけど、それでも渋谷駅からまっすぐに歩いていくだけで２，３件の映画館が並んでる、というのはなかなかいい気分なものです。池袋のサンシャイン通りに匹敵するんじゃないでしょうかアレは。とりあえずこんど評判の良い「最強のふたり」というフランス映画を見に行こうと思います。それにしてもなんであの映画館は客席が斜めに配置されているんだろう&hellip;&hellip;（謎）<br />
さて映画のコンテンツの話になりますが、はい、非常にお勧めする映画です。僕はこれを見た直後に腹痛を発現しダウンしてしまったので公開時期を逃してしまった感は非常に否めませんが、それでも&hellip;&hellip;アルゴならやってくれる（謎の信頼感）まだヒューマントラストシネマ渋谷や新宿では放映されている映画館があるそうなんでぜひぜひ、今からでも見に行ってくださいな。おすすめ度で言うと、「エヴァ観る金あるならこっち観てからバイトしてエヴァ観よう」っておすすめしてるくらい。マジで。ほら、もうそろそろ放映終わりそうだし&hellip;&hellip;ﾌﾞﾂﾌﾞﾂ<br />
監督・主演はベン・アフレック。言わずと知れたマット・デイモンのデビュー作である「グッド・ウィル・ハンティング」の脚本を共同執筆したこととかが有名でしょうか。後は「アルマゲドン」で最後にハズレくじ引いた人役とか（笑）]]> 
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            <name>No Name Ninja</name>
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    <published>2012-11-20T01:59:41+09:00</published> 
    <updated>2012-11-20T01:59:41+09:00</updated> 
    <category term="映画" label="映画" />
    <title>ヱヴァンゲリオン新劇場版Q</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
言い訳をさせてください。<br />
<br />
本当はこんなミーハーみたいな時期に観に行く予定ではなかったんです。<br />
というとそれはそれでなんかサブカルなんて意識しちゃってんのプププ典型的な高二病じゃねーとか、いやそれをメタ化して嗤うお前らこそ大二病じゃねーヒャハハとか、もうなんでもいいです、それらの僕の態度に対する批判的な言説やレッテルはすべて受け止めます。でも一つ言いたいのは、とある小説で書かれていたように人間だって生殖行為によって感染する致死性の病理である、という根本的なことを無視して人を病気扱いする奴は、僕は、きらいです。他人は自分の鏡なのであって、少なからず彼らに「病気」の蔑称を以って当たるあなたこそ二重の意味において「病人のかがみ」である、と思います。はい、以上シャドー逆切れコーナーでした。<br />
まあとにかく、高校の先輩が俺の家に遊びに来てて「トロピコ３」で軍事独裁政権をつくってクーデターをぷちぷち鎮圧しながらガハガハ二人で遊んでいたんですよ。親ソ連な感じで。しかしゲームは終わり、そのあとは何分娯楽が少ないさもしい我が家なもので、わたくしめのほうから気が付いたら先輩を誘って男★子☆二★人☆♂でエヴァを近くのシネコンに観に行ってきました。車で。先輩振り回してスンマセン。<br />
で、シネコンに到着して気が付いたこと。<br />
「あ、やべ、エヴァQ公開してまだ日が浅かった」<br />
そうなんです。<br />
さすがに東京の二等地のベッドタウンのシネコンでも、エヴァ、それも公開二日目のレイトショーともなるとまだまだ人はわんさかといます。過半数はもちろんコミケ戦士と大差ない客層であって、「ああ、俺は映画を見に来たけどこの人たちはエヴァを見に来たのだな&hellip;&hellip;」と、本来は地政学的に棲み分けをされるべき二つの種族がコンタクトしてしまい、つうかマイノリティ化してしまい、僕一人でちょっとだけ不幸なきぶんになってしまいましたとさ。いやすべて僕が悪いけど。（悪い責任転嫁のしかた）<br />
全部僕のお自慢の上腕二頭筋でばったばったとラリアート無双できればよかったのですが、膝に矢を受けてしまってな&hellip;&hellip;（CV野沢那智）というわけでおとなしくバケツみてえなLサイズキャラメルポップと飲み物買って劇場へゴーしましたとさ。まあ客層はクソオタ：カップル：ノーマル：マニア＝６：１．５：２：０．５くらいの比率だったと思います。僕ら？もちろんクソオタ野郎ですよ！なんとかマニアになろうと頑張ってますけど、まあ自分には厳しくいきましょう、うん。<br />
まあオタク蔑視はよくねえみたいな言説がありますけど、さすがに映画終わった後に一言「やっぱり庵野は神だわ」とか隣の人に言っちゃってるヤツラはもはや僕にとっては蔑視の対象でしかないのでそのへんはまあ、僕にも譲れないものがいくつかはあるのだ、というあたりで勘弁してもらえると助かります。<br />
や、もうね&hellip;&hellip;つうか映画の感想じゃなくなってきているという意見は否定せんが、実は映画館って環境、ひいては客層も含めて作品として提供する場だと思っているので（それを否定することは、少なくとも大画面と音響設備目当てに高い木戸賃払って映画館に来ることを愛する人間に対する侮辱であるとも思う）、まあたしかに棲み分けを考えなかった僕も悪いが、同じくらい客層もひどい人がいっぱいいたなあ、とはおもうのでした。この映画を見る前には「エヴァを見終わったらみんなで３３７拍子をやろうずｗｗ」みたいな無責任でキモくて迷惑極まりない暴走がオタ界隈で起こっていたことを考えると、「うわ、やっぱオタクってきめえ」とリアクションして奴らに恥じらいを屈辱の形を以って仕込んでやるのはそこまで間違った接し方だとは思えません。きっと恥じらう人はそれで自粛するでしょうし、恥じらわないやつは、まあ、オタ界全体の自浄作用、あるいは同調圧力とやらでぺしゃんこになるといいなあ。<br />
すくなくとも僕はきっとあのとき感想を言った人間は映画の内容が旧劇と同じような内容でも「庵野 is GOD」っていってたのかなあ、と思って哀しくなります。こういうこだわりを選民思想というのでしたら、どうぞ、僕はそのことをとてもとても恥ずかしく思い、そして同時にこれ以上なく誇らしく感じます。<br />
<br />
映画一般と映画館に対する愛を語ったところで、次はキャスト。<br />
<br />
とはいっても声優陣は特に変わってないし、まあいうなら大塚昭夫さまがクルーとして出てたり、トウジくんのもはやロリじゃねえ妹役がでてきたりでちょいちょいアクセントとなる血を入れていたりしてて楽しかったです。まあ声優に関しては特に詳しくはないのでこの辺で。そういえば今度某イベントでシンジくん役の緒方さんのイベントにともだちから招待してもらったので、ぜひぜひお話を伺ってまいります。<br />
次は監督陣。というか、はい、鶴巻さんとかを中心として、ちゃんと「かっこいい映画」を創り上げられていたのは本当に喜ばしいことです。２ちゃんねるまとめを参考までにつらつらのぞいてみると、「本当によく動くのな　映画ってすげえわ」というまっとう極まりない、それでいてきっと最上級のほめ言葉がつづられていたりして、全く同感です。作画監督は攻殻機動隊などを手掛けた実力派の井上俊之さんを迎えており、そのつながりで実力派で脇を固めていらっしゃるそうで、本当の実力っていうのはうまさよりも上の次元で仕事をすることを再確認しました。<br />
音楽に関しても鷲巣詩郎さんの「さいこうにかっこいい」としか言えない、というかことばよりも万雷の拍手を送りたくなるような素晴らしいスコア連発で本当に映画っていいよなあ、と改めて感じましたとさ。全体的にピアノや声楽系の音楽が比重の大きい構成でしたが、その中でもはっとさせられるような「ノイズ」―――それはマリの鼻歌だったり、あるいは八号機が十三号機に組み付く一瞬に鳴り響くフェズのエフェクトだったり―――それらのクールなノイズがアシッドテクノ顔負けにところどころにちりばめられていて、映画のために献身的なスコアであることは、本当に素晴らしいと思います。<br />
長かったけど、ここから下で感想。<br />
<br />
<hr />
<p>
	（ここからネタバレあります）<br />
	<br />
	むかし、どこかで僕が書いた旧劇版エヴァンゲリオンの感想として、「たしかに昔のエヴァが与えるような『歴史に残る―――それはつまりテクストの解釈で何年も人を振り回せるという意味―――でのエヴァではなく、新しく、時代に合わせて、きっちりとウェルメイドに組み上げられた誠意のある（言っちゃ悪いけどエヴァの連続アニメ版は最後はどう考えても悪いタイプのブン投げだったし）作り方をされたエヴァンゲリオンであり、私はこの作品を支持する」という、おおむねイラストレータ・ゲームデザイナの井上純一氏の言説とシンクロするような事を書いた覚えがある。今回もそれは変わらない。<br />
	<br />
	ほんとうに、ほんとうに、エヴァってこんなに楽しい作品だったんだ。<br />
	<br />
	大風呂敷を広げることに二の足を踏まない、ということは映画ではとても重要なものだと思います。少なくとも、２時間のあいだ広げた風呂敷の造作と大きさに心を奪われる経験ができただけでも十分もとはとれたな、という感じはしました。それをだまされたとかいう人はそもそもフィクションに向いていませんのであきらめてリア充という現実の奴隷にでもなっていてください。<br />
	そして映像面、音楽面では上記の感想ですでに述べたとおり、もはや形容不能で褒めそやすだけなので、ひとことでこの映画を表現してみると、<br />
	<br />
	かっこいい。<br />
	<br />
	まずはここからこの映画の感想、あるいは批評は始めるべきです。（逆にかっこよくねえ、みたいな人の意見はそれはそれで興味があるのできいてみたい）<br />
	お話はどうだったか。<br />
	お話的には&hellip;&hellip;まあ、ふつう。ふつうにおもしろい、です。<br />
	基本的な解説ラインとしては、観客とシンジくんが「ぐちゃぐちゃになってしまった世界で浦島状態」というシンクロを―――これは今回のキーワードであると。シンジ・カヲル、マリ・アスカ、あるいはミサト・リツコ、そしてゲンドウ・冬月という、同性のコンビがたとえばシンジたちの連弾によって強調されていた、あるいはそれ以外の人間との縁が強引につぶされていた―――していることだろうか。それゆえに観客はシンジくんが感じるように「訳のわからぬ、かつ自分にとって非情な世界」への憤りや不安を覚える効果を狙ったものだろう。<br />
	また、今作では、共感、とは大きなテーマであり、それゆえにだれとも対になることができない、いわばオリジナルなきコピー（綾波ユイ―――シンジの母のコピーではなく、その本物に至るための素材としての偽物であるゆえにユイとは対になりえない）の綾波レイ（偽？）の孤立がより鮮明になるともいえるだろう。<br />
	あとは―――そうですね、１４年がたったということで、アスカたちが「大人」になってしまった、ということでよりシンジくんの孤独も深まったといえるでしょう―――って言いたくなるけど、別にアスカたちは年を食っただけで大人になんかなっていないと思うよ。うん。ミサトもリツコもクルーのみんなも、十四年も眠っててようやく復活した人間に対して「いやお前のせいでサードインパクト起こったし」って言って陰険に扱って、でもシンジくんがそれに戸惑って傷つくと「ガキシンジ」と冷たく拒絶して果てはいうことを聞かないからブチギレて責任転嫁って、はっきり言って大人の態度としてはふざけてますよ。おめーら全員りっぱなアダルトチルドレンだよ。ちょいちょい感想ブログ覗いてみると「前作ではイケメンだったシンジくんがアスカの言うとおりガキになってて青臭くてよかった！」みたいな感想にぶち当たっては「っざっけんな！　てめえみたいなマネジメントをないがしろにする輩がいるから浜の真砂とブラック企業は尽きんのだ！」と泡を吹いて悶えながら気付けにアルコールを摂取せざるを得ない状況に追い込まれてます。<br />
	そもそもミサトって前作で「レイを助けるな」って言ってたっけ？　いや確認してないからわからんけど、言ってなかった気がするなあ&hellip;&hellip;そもそもミサトさん、劇場版の序で「あなただけが戦ってるんじゃない」みたいなことをグレるシンジくんに対して言ってるじゃないですか。忘れたとは言わさんぞ。エヴァに乗っているのっていないにかかわらず戦っているなら、少なくともミサトをはじめちゃっかり正義ポジションに鞍替えしたウィレもとい旧ネルフの連中は（ほぼ天災の）サードインパクトの十字架をシンジくんに押し付けて嫌がらせして憂さ晴らしするなんてどこまでもゲスいなあと思うのですが。それとアスカですが、散々わけのわからぬシンジの状況に漬け込みコケにした挙句に最後には手を差し伸べる、という「お前それぜってえ計算して立ち回ってんだろ」っていう好感度ハンターみたいな立ち振る舞いには純粋に好感が持てませんでしたな。<br />
	あとは&hellip;&hellip;あとはああ、やっぱカヲルか。<br />
	うん。ホモだろ。そもそも男連中の友情なんてホモソーシャル（みんなゲイって意味じゃねえぞ、わりと近い文脈ではあるが）属性をもったものなんだからちょっとくらい暑苦しくてもいいじゃん。別にそんなに気にするなよ。僕もこう見えて友達思いの人間なので、友達が喜ぶ、と思ったら多少無理はするし、あるいはその献身は後になって思い返すと「ああ、女子にもこれくらい尽くせれば彼女できるのかな」ってさめざめと涙を流したりするくらいやってる時もあるけど、人間そういう人類愛、みたいな面は否定できないと思う。ホモホモと叫んで二人の関係を薄い本にしたためるのもよろしいだろうが、あるいは、純粋に友情としての面（連弾でうっすら汗をかくシーンなんて部活みたいじゃん）注目するに値するのではないだろうか。それに注目した時、おそらくシンジくんの絶望―――つまり、肉欲や恋愛感情（まあこれも肉欲システムの一部です）ではなく、友情に基づいてカヲルの死に対して涙する心というのは理解されるべきではないかと思います。まあ、カヲルがシンジと同じように友情＞恋慕だったかはもはや不明ですが。<br />
	後は&hellip;&hellip;あとは異様に「変える」ことにこだわるシンジくんの姿勢が庵野さんとシンクロしている、という背景を知らない僕はよくわかんない言説があるらしいですが、まあそこはほかのブログで確認してください。その辺はいわゆる「オタク」のかたがたの領域なので僕はノータッチ。<br />
	まあ大体この辺が僕の注目した物語におけるエヴァQに対する批評だ。<br />
	ちうか、自らの誤解も、あるいは読者の方々の誤解を恐れずに述べると、もはやこの新劇場版エヴァンゲリオンのストーリーラインは「エヴァのせかい」をこれでもか、これでもか、と画面いっぱいに暴れさせることを少なくとも念頭に置いた作り方をされているなーと思う。（だってそうじゃなきゃ宇宙でケンカ売るとこからはじめたり新しいロボをめちゃめちゃ導入したりしないとおもうぞ、たぶん。新しい反重力船ってなくてもアスカ＆マリの協力でのバトルを重くしたり、あるいは従来のようにその間はひたすらシンジが自分の精神をガリガリひっかいてるだけでいいじゃん）<br />
	はっきり言って、あの反重力船はやりすぎだ。それこそアベンジャーズじゃねえか。<br />
	だが、それがいい。<br />
	エヴァンゲリオンは、ちゃんと成長している。むろん、成長する、を老化する、と言い換えても正しい。旧劇・連続アニメのあの異様な青臭さやサブカルの心くすぐるわからなさが好きな人間にとっては、もしかしたら今回の新劇場版は「老化」なのかもしれないし。<br />
	しかし、そもそも僕らはシンジくんが自分の内面に閉じこもって傷つく様が本当に見たいんですかね？　少なくともぼくは「今回の劇場版、カッコイイけどその分シンジくんのキツいシーンも多いなあ&hellip;&hellip;」とすら思ってしまい、ちょっとそこはマイナスでした。ふつうのエヴァ好きな人はきっとこのくらい鬱シンジが出てる方が好きなんだと思うんで、たぶん僕の個人的な嗜好なんですが、しかしですよ、明らかに旧劇なんてやりすぎだったでしょう？　なんにせよ鬱展開はこれからのストーリーに必要なんでしょうけど、やっぱりきついものはきつい。なんで「奪われますよ、手ひどい形で裏切られますよ」ってこれ以上ないくらいあからさまに反復される暗示そのものに価値を見出しちゃうんだろう。そういう暗示をソフトにやれば、きっと奪われることが前提の幸せのシーンでも、僕らはもうちょっと純粋な目線で観れるだろうに。そして思った。ああ、なんか俺の前の席の奴らがうれしそうだな、と。<br />
	評論家やそのワナビーたちが競って世界系言説の名のもとに十四歳の心理に拘泥するさまは正直「キモい」という側面があると思う。キモいからなんだ、と言われればそこまでだが、そんなにドキドキぐちゃぐちゃ人間模様がみたいならもっとそれに特化した小説というメディアもあるし、たとえば二十年間ず――――――――――っとエヴァと世界系とエロゲの世界について述べている人って正直そんなに面白くないし、シンジくんの閉鎖性についてウエメセで語る資格はないと僕は思う。<br />
	長くなったけど、ここで終わり。<br />
	<br />
	P.S<br />
	「サードインパクトであれだけ被害出たんだから、もうフォースインパクトを回避しても五十歩百歩じゃねえの？」<br />
	「それにしても『巨神兵東京に現る』は本当に怒りしか湧いてこないのでいまからこれを盛大にDISる記事書きまーす」<br />
	おしまい。</p>
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    <published>2012-10-30T14:49:54+09:00</published> 
    <updated>2012-10-30T14:49:54+09:00</updated> 
    <category term="映画" label="映画" />
    <title>サイボーグ００９ RE:CYBORG</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[うーんと、観てみたお。<br />
火曜日は暇なんでブァップァーと車転がして近くのTジョイ大泉へ。何しろこの映画、Tジョイグループと提携しているらしくTジョイでプッシュされまくってたんで、この前前売り券を買ってきてたんすよ。（どうでもいい）<br />
まあそれ以外にもパナソニックとコラボしたり全国の有名ラーメン店とコラボしたりスタッフサービスとコラボしたり鉄道会社とコラボしたりペプシとコラボしたりエトセトラエトセトラ。まあマネタイズの面でいろいろしてて、これもひとえに神山監督率いるSTEAVE N&#39; STEAVENの方針なんでしょうな。（実際、そのような話も聞くし、この前は『東のエデン』の隠れキャラを使ってドコモとコラボしてたし）<br />
とりあえず一通りのCMは観てきたんですけど、んー、僕個人としては前回の東のエデンの外務省キャラのビデオくらい長いのが好きですね。ただ、CMとしては、ひいてはマネタイズとしては成功しているのではないでしょうか。それにしてもペプシは矢鱈とアニメ作品とコラボしたがりますな。オタク業界の中におけるドクペのポジションでも狙ってるんでしょうか。謎ですわな。ま、それにしても日本の映画、特にアニメ映画というものがもはや映画館という切り離された世界の存在ではなく、日常の延長としての映画へとその方向性をシフトしているのがなんとなくわかりますな。生活の中にパッケージとして滑り込むことを日本のアニメは選んだ、あるいは選ぶ可能性がある、というのは覚えておいて損ではないと思います。たしかにDVDはうれねーしテレビ局からは金を抜かれるしでマネタイズする&rarr;ひいてはアニメーターの生活を守っていく、という点ではこのような広告は必要なのだろうな、と思います。まあ言い換えてみていかに僕らがアニメ業界を愛しているとのたまいながら食い荒らしているか、つまりは作り手と受け取り手の信頼関係の敗北の証左でもありますが、そんなのはCDだってそうだし、時代の流れなんじゃないでしょうか。ただ残念なのは、そして喜ばしいのは、僕らがいま、ここで生活の一部と密接につながった状態でこの映画を視れるのと同じように、将来の誰かはこの作品を体験できない恐れがある、ということです。それは僕らにとって残念であり、喜ばしく、そして将来の誰かにとってもまた、残念であり、喜ばしいことだといえるのではないでしょうか。<br />
<hr />
<p>
	（ここからネタバレあります）<br />
	正直、ふしぎな映画だった。<br />
	誰の話なのかさっぱり分からない。島村丈を巡る話なのか、あるいは神を巡る話なのか、それともあるいは安全保障をめぐる話だったのだろうか。オカルトとファンタジーとミステリーとSFがごっちゃになってまじりあって、最後に島村丈は叫ぶ。<br />
	「答えてくれ！　神よ！」<br />
	ふしぎすぎて僕にはうまく理解ができない。神は果たして答えたのか。（島村丈たちの帰還を以ってして）というか、答えるべきだったのか、ということすら僕はうまく言葉に出来ない。<br />
	いろいろと考えることは会った。<br />
	たとえば中国人のキャラだけがあからさまにギャグテイストであってよかったのか（それは石ノ森章太郎の原作通り）<br />
	、それはアメリカ～世界を見つめるまなざしの許容範囲に入るべきなのか。あるいはイスラエル陰謀論をぶちまけたりNSA陰謀論をぶちまけてよかったのか。はたまた「彼の声」の正体が最後ファンタジーの流儀で終わらせてしまった力技とか、あるいは３D技術の使い方とか、あるいはフルCGとセルアニメという表現の差異について、などなどなどなど。</p>
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    </content>
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            <name>No Name Ninja</name>
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    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://taiga8899.blog.shinobi.jp/%E6%98%A0%E7%94%BB/%E3%83%A1%E3%82%AB%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF" />
    <published>2012-10-06T21:17:03+09:00</published> 
    <updated>2012-10-06T21:17:03+09:00</updated> 
    <category term="映画" label="映画" />
    <title>メカニック</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[　あたらしいほうの！<br />
　まあツタヤの発掘企画で古い方もDVD化されていたのですが『ロック・ストック・トゥー・スモーキング・バレルズ』のころからステイサムさんのファンなおいらは「ステイサムが出ていない映画とか観る価値ねえよ！」と新しい方に全ツッパしていきましたとさ。いやそんなことないんだけどね？<br />
　ステイサムが出てなくともジョセフ・ゴードン・レヴィットとかジャレット・レトとかデンゼル・ワシントンとかロバート・レッドフォードとかレオナルド・ディカプリオとか出てれば観るよ？　まあ今回はやっぱりホラ、まあステイサムさん一択でステイサムたんの胸毛を画面越しにペロペロするだけでいいっていうかやっぱり腹筋の上にうっすらついている脂肪をガン観したいっていうか髪の毛の薄い頭に股間の薄汚いオートマトンをエレクチオンしたいっていうかﾄﾞｩﾌﾌとか思いつつ帰ってきて下半身をジーパンと社会規範から解き放ったあとでティッシュ準備してDVDを再生してみたところ、なんかドナルド・サザーランドがいておいらはそれだけで前後左右上下から縦横無尽に失禁しながら幸せな気分になりましたとさ。もうどうしようもねえな！（いい笑顔）　それにしても、ドナルド・サザーランドですよ。ええ。『M★A★S★H』観た人なら誰しもがあこがれるホークアイ大尉の役者さんですよ。観てないやつは今すぐツタヤに走れっていうくらいの映画ですよ、マジ。『ランボー』なんか観ている場合じゃねえ！と割と暴言なんですがここにマジレスしておきます。あ、あと★が入っているのが正式名称なんで、そこんとこ夜露死苦。<br />
　まあステイサムたんも負けず劣らずいいんですけどね！　なんといっても水泳選手だったもんでしっかりと筋肉がついているうえに脂肪ものっかってるあたりスンばらすぃーですよ。略してばらすぃー。いちごましまろ。美羽ちゃんのちょっとつっぱったロリロリおみ足を臭くなるまでペロペロしたいくらい、ステイサムさんの頭の天辺の地肌もレロレロしたいもんですわ。ええ。（血走った眼）デビュー当時から一貫して禿げキャラを貫き通すその一途さが素敵です。&hellip;&hellip;あー、でも「リボルバー」の主役の時は禿げてなかったっけ。うん。なんかごめん。<br />
　&hellip;&hellip;ええと、すいませんちょっと酒が入っているのでネタと下ネタ多めですマジすいません。でもいちごましまろは全巻もってるんで許してください。アナちゃんのおしりにほっぺたスリスリしながらゲルマンロリっ娘の屁の匂いかぎたいもんですよ！（ﾏｼﾞｷﾁ）
<hr />
<p>
	（相変わらず以下でネタバレします）<br />
	　世に殺し屋映画というのはいくらでもございまして、その上殺し屋というのがどこまでを指定する単語なのだろうか、という議論も範疇に入れますならば、コレ、警察の過激な部隊を描いた『S・W・A・T』も『エリート・スクワッド』も『フェイク・シティ』も『トレーニング・デイ』も『マイアミ・バイス』も『バッドボーイズ』も『ディパーテッド』も殺し屋映画となるのではないか。（映画のチョイスにちょいちょい趣味が見え隠れしてますが）否、軍隊物の映画というのは実はすべてが殺し屋映画といっても過言ではないのだろうか、という命題が見え隠れします。<br />
	　しかし、殺し屋、という言葉を真摯に考えるとき、私たちはきっと『純粋に営利システムとしての殺しを行う人間』、つまり職業軍人ならぬ職業殺人を僕たちはきっと殺し屋と呼びならわし、畏怖し、憧れていくのでしょう。それは私たちが熟練した陶芸家や書道家、メカニックにたいして抱く念と同種のものである、そうも考えます。しかし、それ以上に僕がこの映画の『メカニック』―――殺し屋、に抱く畏怖の感情は大きく、異質なものである、そうもかんがえます。なぜか。<br />
	　それは、殺し屋、という仕事が、少なくとも普通の世界に生きる僕には見えない職業だからでしょう。おそらくこの映画を作った人間も実際に『殺し屋』の仕事を見たわけではなかったはずです&hellip;&hellip;たぶん。それは所謂ファンタジーの世界を手探りで作るのと同じ作業であり、想像力と検証力の両輪がうまく回転しなければ無しえない高度な試みであるといえるでしょう。それゆえに、殺し屋映画では過剰な演出がされがちなのですが、この映画ではそういうことをさらっと流して撮っていくあたりがとても好感が持てました。『ボーン・アイデンティティー』シリーズもさらっと撮る技術は高かったんですけれど、アレはグリーングラス監督お得意の「カットを矢鱈めったら割る」という技法のせいでシーンが細切れになっているせいでそう見えてくる、という話なので、この『メカニック』は、架空の職業を日常をバックボーンにしてつなぎ目がわからないように描く、というところではかなり美しい映画なのではないだろうか、と思います。少なくとも、殺し屋にありがちな「日常と仕事で生活がくっきり区別されている」という演出は、仕事をしている方も学生の方も分かると思いますが、結構嘘くさい、みたいなところがあるじゃないですか。ステイサム演じる殺し屋は、日常の中から殺人の下準備をする、という点でとても「らしい」暗殺者だった、といえるでしょう。<br />
	　というわけで、メカニック、そういう映画でした。<br />
	　おちも非常に洗練されていて、やっぱり映画というのはキャラのたっている人間が三人いればそれですべて満ち足りるのだなあ、とつくづく納得させられました。あえてここでは最後のシーンについては書きたくないので書きませんが、いちいち伏線を丁寧に、しかし本当にさりげなく描き切ったうえであのオチまで持っていくという脚本の素晴らしさに、やはりいい映画はいつまでたってもリメイクしてもいい映画なのだなあ、と感心させられることしきりです。あとホモシーンもエロくてよかった、とショタコンの弟が言っていたのできっとそうなのでしょう（白目）。</p>
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    <published>2012-10-03T00:33:05+09:00</published> 
    <updated>2012-10-03T00:33:05+09:00</updated> 
    <category term="映画" label="映画" />
    <title>TIGER&amp;BUNNY　-The Beginning-</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[観てまいったでゴンス。<br />
とりあえず続編があるということで、まあそれも観に行くしかないよね&hellip;&hellip;うん&hellip;&hellip;<br />
面白かったです。面白かったんですけど、それは「続編がある映画としての面白さ」なんですよねえ&hellip;&hellip;こういうマーケティングにつられちゃう感じの面白さは、このまえの『アベンジャーズ』もそうなんですけど、ちょっとためらいを感じてしまうところがあります。<br />
たぶんアニメ版を短くまとめるのには無理があっての連作なんでしょうけど、僕も二時間とそれなりの金を投資している身としては結果的に無理に金を切り取られている気分がしてなりません。（言い方悪いな）映画の中身もそういうマーケティングとかを少なくとも主人公のおじさんはビンビンdisしているので、よもやおじさんの言葉は製作者側からしても薄っぺらいんでしょうか、とふと疑問に思ってしまいました。あるいはそれすらメタ的ななにかを見落としているだけなのか。こういうどーでもよろしいこと考えているからまっすぐに映画が観れない体質に成り果ててしまったのでしょうかね。なるべく製作者の真摯な意向による結果であると信じたいものです。（まあそもそも続編ってそこからの客の間口が狭くなるのでマーケティングでたたき出す答えか、といわれると違う気がしないでもないですし）<br />
というか、どうしてアニメはこうも続編を作りたがるんですかね。ベルセルクしかり東のエデンしかり空の境界しかり。空の境界なんて七部作ですよ。ロード・オブ・ザ・リングだってあれだけ詰め込んでおいて三部作だってのに。どうも僕としてはその辺が疑問です。うーん、『映画』をつくろうとしていく（これは押井守アニメ映画作品群が特にこれに当てはまると思う）というスタンスが僕にとっての「真摯な映画」をウェルメイドな作品目指して撮っていく人のスタンスなんですけれども、たぶんこの映画を作った人は「劇場版」のアニメを作る感覚でつくったんであろうな、とおもうと納得できました。そういえば「けいおん！」の劇場版もそんな感じだったしさあ。（うろ覚え）<br />
あ、あとマーケティングつながりで行くと、普段放映されているTVアニメでは有効に働くであろうヒーローのスポンサー広告が映画版では割と面白く感じられなかったのですが、これは簡単な話で、私（たち、かどうかまではしらんが）は金を払っているのですよ。ただで観れるテレビとは違うわけです。映画空間、という時間に投資しているわけで、本来テレビでのフリーの代償の擬制として私たちに働く広告の錯覚、あるいはギミックが映画版では通用しにくいというだけのはなし――――あるいは、タイバニをずっと観ていたので慣れてしまった、目新しさがなくなった、ということかもしれません。もし慣れたのだとしたら、タイバニ、というアニメはとてもすごい地点に到達していたりすると思うのですが。なんにせよとても面白かったので、観てみていいんじゃないでしょうか。<br />
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&hellip;&hellip;それにしても俺、なんでこんなにいちいち観た映画に対してケチをつけるような性根になっちゃったんだろうか&hellip;&hellip;最近割とマジでなやんでます。]]> 
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            <name>No Name Ninja</name>
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